現代川柳ポータルサイト ゆうゆう夢工房へようこそ。ゆうゆう夢工房は、現代川柳を志す皆様の工房です。素晴らしい川柳投句を心よりお待ちしています。

オープン掲示板 過去ログ

どなたでも書き込んでいただける掲示板です。現代川柳の話題、イベント情報など、ご自由に利用してください。雑談もOKです。インターネットに一般公開されている掲示板ですので、個人情報の取り扱いにはお気をつけ下さい。

  • 坪井篤子  2016/03/28 04:56
    秋の子さん、
    1週間のエッセイ有難うございました。
    天満屋3人娘の一人です。
    日出夫さんによろしくお伝え下さいませ。
  • 大西俊和  2016/03/28 06:19
    TPPに荒れる予感の日本の田 かぐや姫

    かぐや姫さんの予感が外れることを願っています。
    美しい日本の美しい田よ永遠に!

    「阪神・淡路大震災とわたし (7の1)」

    時間場所を選ばない天災、恐いです。そして、
    何が運命を変えるか解りませんね。
  • 坪井篤子  2016/03/28 12:35
    *TPPに荒れる予感の日本の田  かぐや姫
    減反政策と言うのがありましたね。嫌な予感です。

    *阪神・淡路大震災とわたし (7の1)大海幸生
    あの瞬間は電話が通じてすぐ駄目になりましたね。
    私も東京の息子に「こんな時間に」と叱られましたが「生きているから」と言うのが精一杯でした。
    俊和さんの言われるように何が運命を変えるか解らないです。
  • 田村ひろ子  2016/03/28 15:12
    ■TPPに荒れる予感の日本の田    かぐや姫
    悲しい思いをなさる方々が、たくさんいらっしゃることでしょうね。

    ■阪神・淡路大震災とわたし (7の1)大海幸生
    あの、瞬間亡夫の友人(放送局勤務)から、「大丈夫ですか・・・」と電話があり、すぐに切れてしまいました。
    「娘と孫娘に連絡がとれない」と嘆き、落ち込んでいた盛岡の母に「元気でしたよ・・・安心してください」と伝えてくれたのも
    亡夫の友人達でした。大震災の前日に亡夫の三回忌の打ち合わせをしておりましたが、ガスも水も電車も止まり、予定していたお店も全壊・・・・・何もできませんでした。
  • 田中 女里  2016/03/28 17:53
    阪神 淡路大震災と私

    当時、芦屋の高層住宅の最上階に住んでおりました。
    ゆっくりと左右に揺れる時間がとても長く感じ、怖かったです。
    どの部屋も物が散らばり、ひどい状態でしたが電気は点きました。
    あの日からもう21年、私は歳をとりました。
  • たんばらのぶえ  2016/03/28 21:59
    ☆TPPに荒れる予感の日本 の田 かぐや姫
    かぐや姫さんの予感が当たりませように!美味しいお米の取れる日本の田は永遠に宝だと思います。


    「阪神・淡路大震災とわたし」 「7-1」 大海幸生

    あれからもう21年が経つのですね。 阪神、淡路の方達、皆さんはどんなにか怖ろしかった事でしょう・・・。岡山は殆ど被害はありませんでしたがそれでもまだ起きていた私は家族全員を起こして身支度を急がせたものでした。テレビをつけて驚きました。篤子さんと電話が繋がり無事を確認出来た時は涙が止まりませんでした。 ほんとうにいつ来るかわからない天災は恐怖ですし人の運命も変えてしまいますね・・・。
  • 野原 萌  2016/03/29 00:39
    TPPに荒れる予感の日本の田    かぐや姫
    荒らさないでほしいものですね。

    「阪神・淡路大震災とわたし」
    早や21年。ついこの間の様な気がしますが、そうでしたね、
    幸生はこちらにお住まいでしたね。
    「蛇口をひねれば水がでる」それが当たり前と思っていたことに改めて気が付いたものでした・・
  • 大西俊和  2016/03/29 06:39
    ひな祭りこんな淋しい夜がある 村井広子

    夫婦ふたりだけになった静かなひな祭り。
    静かな静かな時間が流れ続ける。

    「阪神・淡路大震災とわたし (7の2)」

    マンションの地盤がしっかりしていたこと、
    前日の部屋の模様替え・・・被害がほとんど
    なくて良かったです。ライフラインも大丈夫
    だったのですね。
  • 田村ひろ子  2016/03/29 16:02
    ■ひな祭りこんな淋しい夜がある   村井広子
    お嬢様を嫁がせ、ご子息もパパになり、ほっとしながらも、どこか淋しいという感じが、よく伝わってきました。

    ■「阪神・淡路大震災とわたし (7の2)」  大海幸生
    さすが、幸生さん!!!!!
    動物的な感覚が冴えていらっしゃったのでしょうか。
    テニスで培った「先を読む」という感覚かしら。
    水道も大丈夫で良かったですね。沢山の方々が、どんなにか助かったことでしょう。
  • かぐや姫  2016/03/29 16:38
    俊和さん、篤子さん、ひろ子さん、のぶえさん、萌さんコメントありがとうございました。
    私は2年前までは米作りをしていましたが、赤字経営で止むなく断念しました。でも田は荒らさないよう管理しています。
  • 坪井篤子  2016/03/30 05:18
    *ひな祭りこんな淋しい夜がある  村井広子
    巣立っていった子供たち、無性に淋しく感じられたのですね。
    女性は幾つになってもお雛様大好き。
    どうぞご自分の為にウキウキとお雛様を飾って!

    *この中に私の音もありました  三好 光明
    私だけの残響。

    *阪神・淡路大震災とわたし (7の2)大海幸生
    前日の部屋の模様替え、ライフラインの無事、奇跡が起きましたね。

    *阪神・淡路大震災とわたし (7の3)大海幸生
    寒い中、地獄絵図の真っただ中を義母さまの為に歩かれたのですね。
    薬が手に入り良かったです。
  • 大西俊和  2016/03/30 06:17
    この中に私の音もありました 三好 光明

    「私の音」、どんな音でしょう。靴音、鉛筆を使う音、
    合奏、スマホの操作音・・・ひとりひとりがそれぞれの
    音を立てて暮らしている。

    「阪神・淡路大震災とわたし (7の3)」

    義母さんの薬が手に入り、良かったです。
    瓦礫と焼け焦げた神戸、永遠に忘れられない
    情景ですね。
  • 田村ひろ子  2016/03/30 09:50
    ■この中に私の音もありました   三好 光明
    思わず、中学の卒業写真を思い出しました。
    みんな元気いっぱい、好き勝手なことを真剣に語り合ったり、ワイワイ騒いだり・・・・・色色な音の中にも、確かに私の音もありました。光明さんの音はフルートかしら、それとも太鼓かしら・・・。

    ■「阪神・淡路大震災とわたし (7の3)」
    薬を抱いて、ご自宅に向う幸生さんはどんなにか緊張していらしたことでしょう。
    私は地震の2日後、地図を持って、西宮甲陽園から東灘の仕事場まで、歩いて行った日を思い出しました。倒壊した建物で塞がれてしまった道路が多く、ただただ西へ西へと歩き。国道二号線に出ると、停滞している車・車・車。動けなくなっているパトカーを追い抜き、歩き続けた、あの日のことを。
  • ゆうゆう夢工房  2016/03/30 11:35
    ☆3月WEB句会イメージ吟句の訂正☆

    イメージ吟の7ページ・上から二行目の句は

    ・矢印が見るとなんだかホッとする

    となってますが、正しくは次です。

    ・矢印を見るとなんだかホッとする

    訂正句で選句とコメント、よろしくお願い
    致します。
  • たんばらのぶえ  2016/03/30 15:31
    ☆ひな祭りこんな淋しい夜がある 村井広子
    娘が嫁いだ後2年ほどはお雛様を飾るとやはり淋しくてそれ以後は自宅では飾らなくなりました。広子さんの淋しい気持がじいーんと伝わって来ました。
    今、私は店で小さく可愛いらしいお雛様を沢山出して淋しくないようお客様にも楽しんで頂いています。

    ☆この中に私の音もあるらしい 三好光明
    沢山の音の中から光明さんが見つけらたご自分の音はどんな音だったのでしょうか?

    「阪神・淡路大震災 7の2」 大海幸生
    前日日の偶然の部屋の模様替えが救われたようで良かったですね!
    「阪神・淡路大震災 7の3」 大海幸生
    悪夢の地獄絵のような中をお義母さまの薬の事を頂きに必死で走られたご様子が浮かびます。ほんとうに怖ろしかったでしょうね・・・。
  • 三好 光明  2016/03/30 21:04
    ■この中に私の音もありました   三好 光明

    俊和さん、篤子さん、ひろ子さん、のぶえさん

    いつも暖かいコメントをありがとうございます。
  • 野原 萌  2016/03/30 22:22
    ●ひな祭りこんな淋しい夜がある  村井広子
    娘たちと過ごした何十年ものお雛祭りなら、嫁がせた年はさぞかしお寂しいことでしょう。
    気が付かなかったけど私達も母にそんな思いをさせてきたのですね。

    ●この中に私の音もありました   三好 光明
    それぞれの音を立てながら共存しているのですね。
    光明さんの音色は明るい感じ。ね!

    幸生さん
    ありありと思い出しました。 
    前日にしたお部屋の模様替えの向き。不思議な巡り合わせというか、兎に角凄いラッキーでしたね。あの大変な街並を、お母様の薬のために向かわれた。・・・
    そういう生き方をなさっておられるからかも知れませんね。
  • 大西俊和  2016/03/31 05:55
    許されて見上げる空の青いこと 中嶋安子

    雲ひとつ無い青空に爽やかな風、そして鳥のように
    飛べそうな心。

    「阪神・淡路大震災とわたし (7の4)」

    地震で使えなくなった建物が解体され、瓦礫を運ぶトラック
    が列をなしていました。そして、あちこちの空き地に仮設住宅
    が建ちましたね。私も、当時をありありと思い出しました。
  • 田村ひろ子  2016/03/31 17:31
    ■ 許されて見上げる空の青いこと   中嶋安子
    安子さん、お空はいいですね。なんだか語りかけてくれます。

    ■「阪神・淡路大震災とわたし (7の4)」
    幸生さん、地震の直後に、新しいお仕事に向き合わなければならなかった大変さ・・・忘れられませんね。
  • 坪井篤子  2016/03/31 17:50
    *許されて見上げる空の青いこと   中嶋安子
    安堵感が伝わります。

    *「阪神・淡路大震災とわたし (7の4) 大海幸生
    震災直後の惨状の中、新しい職場への通勤、出張など大変なご苦労だったのですね。
    お元気で何よりでした。
  • たんばらのぶえ  2016/03/31 21:21
    ☆許されて見上げる空の青いこと 中嶋安子

    安子さんほんとうに!苦しい時や哀しい時には青い空を見上げるとほっと心が和らぎ励まされますよね!


    「阪神・淡路大震災とわたし」(7の4) 大海幸生
    新しい事業を始められようとされて居られる時に大震災に遭われ大変なご苦労だったと思います。ほんとうよく乗り越えられましたね!
  • 野原 萌  2016/04/01 00:09
    許されて見上げる空の青いこと   中嶋安子
    しみじみと沁み入る青でしょうね。

    阪神・淡路大震災とわたし」(7の4)
    人々はただ黙って黙々と歩いていました。言い合わせた様に黒いニット帽を深くかむり、リュックを背負って・・・
    戦争映画のワンシーンの様だと思いました。
    幸生さんは、ちょうどお仕事上でも大変な時期だったのですね。ご心痛を思います。
  • 坪井篤子  2016/04/01 05:59
    *木の芽和え 私の冬を片付ける 村井広子
    春野菜が出回り木の芽和えが出来る頃になるともう冬物は安心して片付けられますね。

    *阪神・淡路大震災とわたし(7の5)大海幸生
    山歩き、花見など春になればと思う気持ちとまだまだの復興のギャップですね。
  • 大西俊和  2016/04/01 06:37
    木の芽和え 私の冬を片付ける 村井広子

    そう、前向き、前向きですね。私も「私の冬」
    を片付けます。

    「阪神・淡路大震災とわたし (7の5)」

    あれから21年、西宮・夙川の桜も大震災を
    忘れたように咲いています。
  • 田村ひろ子  2016/04/01 09:25
    ■木の芽和え 私の冬を片付ける   村井広子
    広子さんの「ふゆ」を木の芽和えの山椒の緑が、そっと押しやったのですね。どこに片付けたのでしょうね。

    ■「阪神・淡路大震災とわたし (7の5)」
    阪急神戸線の夙川と西宮北口の区間が開通したのは、花の頃でしたね。芦屋、夙川界隈の瓦屋根のお家と土塀が消えてしまった道に、花だけはいつもの年より多く咲い春でした。
  • 野原 萌  2016/04/01 21:08
    木の芽和え 私の冬を片付ける   村井広子
    木の芽和えの季節。冬はすっかり片付いたのですね。
    広子さんのお庭の山椒の実、絶品でした。また新たに春のお料理の腕が鳴りますね。


    「阪神・淡路大震災とわたし (7の5)」
    今日、こちらは震度2の地震でした。ゆ~らゆ~ら気持の悪い揺れでした。
  • 中嶋安子  2016/04/01 22:18
    私の句にたくさんのコメント、ありがとうございました。
    こんなに春めいてきている時に、まさかの、インフルBで、しばし活動不能でありまして、お礼が遅くなってしまいました。
    (友人には、鬼のカクランと言われました。)
  • 大西俊和  2016/04/02 05:02
    矢印を信じていない春の靴 神田良子

    人間だから解る矢印の意味。
    春の靴、冷静でないといけませんね。

    「阪神・淡路大震災とわたし (7の6)」

    喉元過ぎれば熱さを忘れる・・・あれから21年
    私は無用心に暮らしています。幸生さんを見習わ
    なければと思いました。
  • 一歩  2016/04/02 10:54
    「阪神・淡路大震災とわたし (7の6)」
    いい歳をして臆病で神経質なものがここにもいますよ。風呂でシャンプーをするとき、街を歩くときの心境はまったく同感です。私の場合、さらにもう一つ、地下街です。地下は地上より安全と言われていますが、地下街を歩くときは嫌ですね。地下での食事会は避けていますが、とうしてもの場合、落ち着けません。(酒を飲んで忘れるようにしています)
  • 善江  2016/04/02 11:45
    『 川柳びわこ 』2016.4より


    ▽若い人が川柳に魅力を感じることがあるとすれば、それは、長く川柳を続けている人たちのうまく書く競い合いの結果ではなく、それぞれが書きたいことを書いているか、救われるように書いているかであると思う。


     生きること、生活することは難儀のくり返しである。

     若い人が川柳に惹かれるとすればこの救われるかどうかである。



             < 編集後記:德永 政二 >
  • 坪井篤子  2016/04/02 20:39
    *矢印を信じていない春の靴  神田良子
    靴(足先)の向くまま赴くままはわたくしです。

    *阪神・淡路大震災とわたし (7の6)大海幸生
    時々思い出したように飛び起きる事があります。
    避難経路などもキョロキョロ確認します。


    *安子さん、インフルエンザ大変でしたね。予後お大事になさって下さいね。
  • 田村ひろ子  2016/04/02 21:42
    ■*矢印を信じていない春の靴  神田良子
    良子さんは「春の靴」の性格を、よくご存知のお方ですね。とても、楽しい気持ちになりました。

    ■阪神・淡路大震災とわたし (7の6)大海幸生
    幸生さん、私も「あの地震の体験」がそれからの生き方の土台にあるように思います。
  • 野原 萌  2016/04/02 23:35
    矢印を信じていない春の靴  神田良子
    良子さん、おめでとうございます!
    春の靴 が見事ですね。

    「阪神・淡路大震災とわたし (7の6)」
    幸生さんは凄いですね。
    私は「のど元過ぎれば何とやら・・」のタイプでしたが、老母がいるので、やっぱり考えますね。

    安子さん
    今日、御柱のニュースを見ながら、安子さんを思い出していた所です。もう大丈夫ですか?ご無理をなさらないでね。
  • 大西俊和  2016/04/03 07:14
    かたむいて楽な一歩になりました 田村ひろ子

    力を抜いて、少し気ままに、自分流にが良いですね。

    「、阪神・淡路大震災とわたし (7の7)」

    阪神大震災が導いてくれた川柳と今も向き合っておられる
    幸生さん。「泥んこの、キティちゃんの瞳」はこれからも
    幸生さんの心に真実を訴え続けることでしょう。
  • 坪井篤子  2016/04/03 07:48
    *かたむいて楽な一歩になりました  田村ひろ子
    肩の力を抜くとカバンを持った方に傾きます。持ち替えたりしながらゆっくりとですね。ひろ子さん。

    *阪神・淡路大震災とわたし (7の7)大海幸生
    震災後に新子先生やそのお仲間との川柳と出会われたのですね。
    そして今や大活躍でいらっしゃる。
    何が転機になるか分からないですね。

    1週間のエッセイ有難うございました。
  • 三好 光明  2016/04/03 09:18
    *かたむいて楽な一歩になりました  田村ひろ子

    平易な表現で、味わい深い素敵な作品!選ばせていただきました。

    *阪神・淡路大震災とわたし  大海幸生

    災いをチャンスに変えるポジティブさ、エッセイありがとうございました。
  • 村井広子  2016/04/03 10:00
    遅くなりましたが、ひな祭りの句と木の芽和えの句にコメントをくだっさった皆様ありがとうございました。
    山椒の新芽が出揃いました。
  • 田村ひろ子  2016/04/03 13:41
    ■*かたむいて楽な一歩になりました  田村ひろ子
    俊和さん、篤子さん、光明さん、優しいコメントをありがとうございました。

    ■阪神・淡路大震災とわたし  大海幸生
    幸生さんの1週間のエッセイの中で、忘れてしまっていたことを少しずつ思い出しました。忘れるというより、忘れたいという思いのほうが強かったのかもしれません。大切なことは伝えていかなければと、改めて思いました。
    幸生さん、ありがとうございました。
  • 田中 女里  2016/04/03 17:59
    大海幸生さま

     当時の記憶を辿りながら読ませていただきました。
    私の地域は水道、ガス、エレベーターが止まり、その上
    おっちょこちょいの私はベランダで片付けをしている最中
    足首を骨折!娘におぶさって病院へ!ですが当時の体重は
    38キロでした。避難所は一度だけ行きましたが、そこで
    見聞きしたことは言いたくありません。
    避難所には2時間ほどいて帰りました。今でも感謝している
    のは、毎日19階まで歩いて水を運んでくれたボランティア
    の学生さんです。
  • 京都 大海幸生  2016/04/03 19:36
    夢工房の皆さま、1週間にわたり貴重なページをお借りしてちょっと暗いお話をいたしました。たくさんの方々にお立ち寄り頂き、それぞれの想いに浸って頂けたこと嬉しく思っております。
     俊和さん、篤子さん、萌さん、ひろ子さん、女里さん、のぶえさん、一歩さん、光明さん、それぞれのお立場、ご感覚から暖かく素敵なご感想を頂きました。みなさんの暖かさに眼がしらを熱くしております。
     ありがとうございました。
      
       うろたえる だんだんなみだもろくなる 幸生
  • 神田良子  2016/04/03 21:04
    たくさんのコメントありがとうございました。
    今年は春の靴を履いてスキップしてみます。
  • たんばらのぶえ  2016/04/04 03:10
    遅いコメントで失礼します。
    ☆木の芽和え 私の冬を片付ける 村井広子
    寒く色々と辛い事もあった冬・・・でも季節は春!美味しい木の芽和えでも作って冬の間の事は忘れましょう!ポジティブな広子さんに拍手です。

    ☆矢印を信じていない春の靴 神田良子
    矢印を信じていない・・・自己主張も軽やかに良子さんの素敵な春の靴ですね!

    ☆かたむいて楽な一歩になりました 田村ひろ子
    いつも背筋をまっすぐに伸ばし素敵な笑顔で歩いていらっしゃるひろ子さん!時には重たい方の肩へちょっぴりかたむいて楽な一歩でほっとして下さいね!


    「阪神.淡路大震災 7の7 」 大海幸生
    一週間のエッセイありがとうございました。大震災の恐怖を経験されてその中で大変なご苦労をされたご様子に胸が痛くなる思いで読ませて頂きました。でもそんな辛い経験の後に新子先生や川柳と出会えて良かったですね。
  • 坪井篤子  2016/04/04 06:44
    *曲がり角ひとつひとつにある迷い  須川柊子
    知らない町の曲がり角、いちいち迷いますよね。
    何があるか分からない人生もしかり。
    交流会が近づいて来ました。よろしくお願いいたします。


    *「ネェーさん」1 ふかえり
    大分のご出身でしたか。私の知り合いの大分県人は皆さん美人上品です。
    どうりで・・・。
    エッセイ興味深く楽しみです。
  • 大西俊和  2016/04/04 07:02
    曲がり角ひとつひとつにある迷い 須川柊子

    大きな迷い、小さな迷い、嬉しい迷い、
    哀しい迷い・・・曲がり角にはいろいろ
    の迷いがありそうですね。

    「ネェーさん」1

    大分から瀬戸へ、ある意味、国際結婚の
    ようだったのですね(笑)。

    小さいェから語尾を上げて発音する「ネェーさん」、
    なんとなく、どんな男か想像できるような・・・
    さて、その後の展開は・・・。
  •   2016/04/04 10:06
    ☆曲がり角ひとつひとつにある迷い  須川柊子

    知らない土地の一人旅、角々ごとにワクワク、はらはらします。人生も、幾つになっても嬉しい角でさえ迷います。

    ☆「ネェーさん」1
    ふかえりさん、やっと登場ですね、待ってました!
    私の故郷広島でも年配のおばあさんから母は「ねぇーさん」と呼ばれていました。
    私達姉妹が長姉に「お姉ちゃん」と言うのにおかしいなぁと思ったものです。
    以前住んだことのある陶器の町、常滑でも「ねぇ~さん」と呼ばれびっくりしたことがあります。
    ふかえりさんの「ネェーさん」はどんな展開になるのでしょう。
    楽しみにしています。
  • 三好 光明  2016/04/04 11:25
    ☆曲がり角ひとつひとつにある迷い  須川柊子

    自分で決めて曲がったのか?、**に曲がらされたのか?~過去の結果が今にある。これからも「曲がりなおすことも可能です」その時を、その判断を信じて!。

    ☆「ネェーさん」1
    深谷さ~ん!楽しみにしていま~す。
  • 野原 萌  2016/04/04 15:23
    ●かたむいて楽な一歩になりました  田村ひろ子
    背筋をピンと伸ばし生きてきて、何かの折ふーっと力が抜けている事に気付いた快さ。

    ●曲がり角ひとつひとつにある迷い  須川柊子
    いいのかな? ここ、曲がって?
    もしかしたら、真っ直ぐ進んだ方が・・?
    いつも迷いながらの曲がり角。

    ●幸生さん
    震災は沢山を失いましたが、新子先生に出逢われて本当によかったですね。
    お陰で私も皆様に柳友という、かけがえのない御縁をいただきました。
    いろんな事を思い出させて頂き、ありがとうございました。

    ●「ネェーさん」1
    その土地に根付くイントネーション。最初はびっくりしますね。
    ドラマなど見ていると違和感も覚える事もありますが面白いです。
  • 田村ひろ子  2016/04/04 16:03
    ■曲がり角ひとつひとつにある迷い  須川柊子
    柊子さん、そうなのですよね。「どちらに曲がるか決まっていても」ふと、これでいいのかなという思いがよぎります。

    ■●「ネェーさん」1   ふかえり
    距離の離れたところに嫁がれたふかえりさんがおっしゃる「習慣や言葉 気候も異なる。理解できなかった出来事は数々あった」・・・その気持ち、よく分かります。私も同じでした。
    「古き良き時代のおもしろい事、愛すべき方々、大分の言葉」の数々を楽しみにしております。
  • 丸山 進  2016/04/04 20:50
    ☆木の芽和え 私の冬を片付ける 村井広子
    季節に調和しながらも前向きな姿勢に共感です。

    ☆かたむいて楽な一歩になりました  田村ひろ子
    拘りを解けばリラックスして生き生き進めるということですね。

    ☆矢印を信じていない春の靴 神田良子
    矢印は共通な指針だが、マイウエイは自分で決める。春の靴がお見事。

    ☆曲がり角ひとつひとつにある迷い 須川柊子
    どんな岐路にも迷いは生じる。正直な告白だと思います。

    ☆阪神・淡路大震災とわたし  大海幸生
    震災の辛苦の思い出と、今なお心に残る深い思いをハラハラしながら読ませていただきました。ありがとうございました。

    ☆「ネェーさん」1   ふかえり
    大分から瀬戸へ、ふかえりさんのショックと変身。どうなるか楽しみです。
  • 大西俊和  2016/04/05 05:52
    でこぼこになる平面に飽きたので 須川柊子

    そうだったのですか。鏡のような平面に飽きて
    でこぼこになって光と戯れるのですね。

    「ネェーさん」2

    瀬戸市も時代の流れの中で変化しているのですね。
    独特のイントネーションを持った「ネェーさん」
    という呼び方も・・・。
  • 坪井篤子  2016/04/05 06:46
    *でこぼこになる平面に飽きたので 須川柊子
     平面に飽きてでこぼこになれるのはお若い証拠。

    *「ネェーさん」2 ふかえり
     呼び方でおおよその年齢まで分かる。おおらかですねぇ。
  • 田村ひろ子  2016/04/05 14:27
    ■でこぼこになる平面に飽きたので   須川柊子
    柊子さんは、チョッピリ刺激が欲しいのかな・・・・・?

    ■*「ネェーさん」2   ふかえり
    「ネェーさん」の声に反応する女性たちの表情を想像してます。なんだか「あったかい」ですね。
  • 野原 萌  2016/04/06 01:36
    でこぼこになる平面に飽きたので   須川柊子
    でこぼこ なんだか面白くなりそう!
    でこぼこ ちょっとスリルもありそう!

    「ネェーさん」2
    なんだか、この耳で聞いてみたいです。
  • 大西俊和  2016/04/06 06:14
    シアワセの入り口ですよ さあどうぞ  中嶋安子

    信じて良いのか悪いのか・・・ちょっとオレオレ詐欺の
    ような恐さも・・・。安子さん、お互い気をつけましょう。

    「新聞」

    「とうめい新聞」を透明新聞と思い、まずびっくり。
    きわめて身近な情報の掲載される新聞があったのです
    ね(笑)。
  • 坪井篤子  2016/04/06 07:19
    *シアワセの入り口ですよ さあどうぞ  中嶋安子
    遠慮なく入らせて頂きます。ありがとうございます。

    *新聞  ふかえり
      
      ネーさんと呼べばふり向く瀬戸の主婦    深谷江利子
    半分瀬戸では、振り向きますとも。
      <みんなの合言葉は「とうめい新聞に名前が載らないように」だった。>
    のどかな良き時代でしたね。
  • 田村ひろ子  2016/04/06 20:26
    ■シアワセの入り口ですよ さあどうぞ   中嶋安子
    安子さんがニッコリ笑っていたら、「はい」と素直に入りますよ!!


    ■新聞  ふかえり
    ネーさんと呼べばふり向く瀬戸の主婦    深谷江利子
    個人情報を守ってくださるのは嬉しいのですが、不便になったこともいっぱいですね。
    旅行中、「おめでとうございます。今日の赤ちゃん誕生ニュース」を放送している放送局があり、ほほえましい思いで聴いていた頃が懐かしいです。
    のどかな「よき時代」だったのですね。
  • 須川柊子  2016/04/06 20:32
    こんばんは。
    日替わり川柳にコメントをいただきありがとうございます。
    久しぶりに高い点を頂き、舞い上がっております。
    だから、川柳は面白く止められないのだと思います。
    これを励みに、精進いたします。

    4月2日に杜人の月例句会がありました。
    関西、関東、岩手、青森からゲストが8人もお見えになり、
    楽しくて活気のある句会になりました。
    もちろんその後の、懇親会も・・・。
    川柳を始めるまでは知らなかった人たちと、昔からの友達のように話しが弾みました。川柳って不思議ですね~。

    交流会inみちのく、楽しい企画が盛りだくさんですよ!
    お楽しみに!!
  • たんばらのぶえ  2016/04/06 22:11
    ☆曲がり角ひとつひとつにある迷い 須川柊子
    人生もそうですね!迷ったり悩んだり・・・そして前を向いて歩いて行くのですね。

    ☆でこぼこになる平面に飽きたので 須川柊子
    平面よりでこぼこが面白いかなー?ちょっとした冒険かなー

    ☆シアワセの入り口ですよ さあどうぞ 中嶋安子
    笑顔で安子さんのご案内なら迷わず「シアワセになりたーい!」と入っちやいまーす。

    「ネーサン 1」 ふかえり
    土地柄で挨拶の声かけも随分色々と違いますね。初めて大分から瀬戸へ嫁がれたふかえりさんの困惑が何だか不思議に和やかで暖かく伝わります。
    「ネーサン 2」 ふかえり
    街のあちらこちらで「ネーサン!」の声が・・・素朴で暖かく和やかな光景が浮かびそんな雰囲気の中でふかえりさんの様子も浮かび思わず微笑んでしまいました。
  • 野原 萌  2016/04/06 22:54
    シアワセの入り口ですよ さあどうぞ   中嶋安子
    フッー!? と立ち止まる怖い句に手を挙げましたが
    入り口案内人が 安子さんなら迷わず入ってしまいま~す。

    「新聞」
    個人情報皆無のとうめい新聞!
    信じられないほどおせっかいな。いやいや
    ホント、古き良き時代と言いましょうか、なんかほっこりです。
    載りたくないけど読みたい・・ふふふの新聞ですね。
  • 大西俊和  2016/04/07 05:02
    やがて来る別れを知っている笑顔 ちゃくし

    優しさと哀しさの混じった笑顔。

    《大分市の「おいさん」》

    「おいさん」は大分弁思考回路の染み付きこびりついた
    純血種なんですね。
  • 中嶋安子  2016/04/07 10:27
    ふかえりさんのエッセー
    《大分市の「おいさん」》

    走るは「飛ぶ」

    ここに、反応してしまいました!
    え~~~~っ!!
    大分でも”飛ぶ”と言うのですね!
    こちら、信州も同じですよ!
    ”かけっこ”のことを、”とびっくら”と言いますから。
    びっくりぽんです。(チョット古い!?笑)
    今週末に御柱をひかえて、超!が付くほど忙しいのに、ついつい、コチラに来てしまいました。癒されてから、任務(!)に戻ります。畳はかえたし、襖、障子は外したし。獅子舞のために、二部屋は、いっさい物をどかします。大きな茶箪笥も。これから、テレビの移動です。
    後は70名ほどのお客様の、、、、宴会会場作り。
    ふ~~~っ
    ついでにグチもこぼしてしまいました。悪しからずです!
    近くでしたら、見に来ていただきたいわ~♪

    追伸
    昨日のワタシの句に、コメントありがとうございました。
    ホントウのシアワセの入り口でありますように、、、、!
  • 丸山 進  2016/04/07 13:09
    ☆シアワセの入り口ですよ さあどうぞ   中嶋安子
    怖そうですが途方にくれていたら私も入っちゃうでしょう。
    安子さん、私も「とびっくら」に反応してしまいました。
    郷里は群馬の山奥(沼田)ですが、かけっこではなく「とびっくら」でした。
    「とびっくらなら負けっこねえよ そうだんべ」なんて。
    御柱の準備、大変ですね。がんばってください。

    ☆ふかえりさん
    東名新聞ありましたね。娘が小さい頃に怪我し、大したことなかったですが、
    救急車に乗ったら細かく出ました。
    私もひょんなことで一面に写真付きで出ました。
    それから悪い事はできなくなりました。

    「おいさん」は大分で独自進化したんですね。寅さんに出てくる「おいちゃん」とは全く違うんだ。
    残りのエッセイも楽しみにしてます。
  • ふかえり  2016/04/07 14:15
    4月4日からのエッセイ、皆さんご感想お寄せてくださって 
    ありがとうございます。
    うちうちの話になってしまいましたけれど ちょっと立ち止まって故郷を振り返ることができました。
    なにかしらヒットして頂ければと思っています。
      かけっこ→とびくらご(大分弁)信州と少し似ていますね。
     「とうめい新聞」→漢字で「東名」でしたか~
  • 田村ひろ子  2016/04/07 17:10
    ■やがて来る別れを知っている笑顔   ちゃくし
    なんだか、悲しくなりました。

    ■《大分市の「おいさん」》
    日本は広いですね。
    楽しい「ことば」の勉強会のようです。
  • たんばらのぶえ  2016/04/07 21:53
    ☆やがてくる別れを知っている笑顔 ちゃくし
    どんなに大切でも愛していても家族も恋人も友達持っていつかは別れが来るのですよ・・・。切ないですね。でもそれだからこそ今をいつ笑顔で接したいですね。

    《大分市の「おいさん」 》 ふかえり

    同じ日本人なのに所の方言でこんなに違うなんて・・・!ふかえりさんのエッセイを拝見して改めて方言に興味が湧いて来ました。 ふかえりさん!私は岡山ですが子供の頃に住んでいた吉備の田舎ではご近所の大人の男の人の事を「おいさん」と呼んでいたのを思い出しました。今は殆ど聞かれなくなったと思いますが田舎に行けばお年寄りの方からは「おいさん」が聞けるかも知れません。
  • 坪井篤子  2016/04/07 22:59
    *やがて来る別れを知っている笑顔   ちゃくし
     哀しい笑顔が切ないです。

    *大分市の「おいさん」 ふかえり
     <思考回路が大分弁なのだ。標準語はすぐに大分弁に変換していく。>
    いやぁ~良いですねぇ~。
    こいさん、おいさん、イントネーションがまた良いですね。
  • 野原 萌  2016/04/08 00:38
    やがて来る別れを知っている笑顔   ちゃくし
    澄んだいい笑顔を見せて頂いた覚えがあります。
    愛(かな)しいという読みを思います。

    大分市の「おいさん」 ふかえり
    ガンと古里ことばで過ごされる「おいさん」に乾杯!
    私の故郷はトンネルを越すと岡山県という、兵庫の西の端です。伸枝さんのお近くですね。やっぱり「おいさん」は使いました。今、母が昔に帰っていますので、夫に時々「おいさん」と言っています。
  • 大西俊和  2016/04/08 06:25
    ここからは一人わたしの決めた道 瑞樹くらら

    不安でも自分の明日に向って!

    《「おいさん」の 父と叔父》

    大分に行って、お父さんや叔父さんのような
    100%の「おいさん」に会いたくなりました。
    やはり通訳が要るでしょうか(笑)。
  • 坪井篤子  2016/04/08 07:40
    *ここからは一人わたしの決めた道  瑞樹くらら
     強い意志を感じます。


    *「おいさん」の 父と叔父 ふかえり
     堂々と臆することなく「おいさん」を貫く、なかなか真似はできませんね。
  • 田村ひろ子  2016/04/08 09:07
    ■ここからは一人わたしの決めた道   瑞樹くらら
    最後に決めるのは自分自身です。くららさんゆっくり歩んでくださいね。

    ■*「おいさん」の 父と叔父   ふかえり
    ふかえりさんのお父様と叔父様への愛がいっぱいのエッセイに、ほんわかしました。
  • おさ虫  2016/04/08 21:39
    ◆「おいさん」の 父と叔父    ふかえり

    ふかえりさんが大分出身者だとは知りませんでした。びっくりポン!(古いなあ(^.^))
    頑なに方言を使う人は、頑固で芯の強い人だと思います。私なんか、大阪のくせに名古屋弁も取り入れて、今ではどこの言葉だか・・(笑)
    そうそう、うちの父は高松でしたが、黄色い事を「きない」と言ってましたよ。大分と同じですね。
    もうひとつ。いつも食べに行くうどん屋のおじさんは、私の事を「オニイサン」と呼んでくれます。よく見ると誰にでもそう呼んでるようです。もちろん女性には「オネエサン」。これも瀬戸弁の延長なのでしょうか(^_^)v
  • 大西俊和  2016/04/09 06:37
    鳥だった頃の話をくどくどと 小林康浩

    空を吹く気持ちの良い風、流れる雲、揺れる森の新緑
    ・・・ああ、鳥だったときは良かった・・・。

    「私の場合 帰省(瀬戸市から大分駅)1」

    瀬戸に嫁がれて「オネエサン」と呼ばれても、ふかえりさんは生粋の大分っ子なんですね。
  • 坪井篤子  2016/04/09 07:23
    *鳥だった頃の話をくどくどと 小林康浩
     「鳥だった頃」が色々想像を膨らませてくれます。

    *私の場合 帰省(瀬戸市から大分駅)1 ふかえり
     名古屋から大分まで結構時間がかかり腰が痛くなりますね。
     地方言葉って意味が分からなくても面白いですし楽しいです。
  • たんばらのぶえ  2016/04/09 15:02
    ☆ここからは一人わたしの決めた道 瑞樹くらら
    一人で歩こうと決めた道・・・これからのくららさんの道が素敵な道でありますように・・・・!
    「おいさん」の父と叔父 ふかえり
    関西弁を何処で使い「おいさん」をずっと通して来られたお父様と叔父様は素敵ですね。
  • たんばらのぶえ  2016/04/09 15:20
    ☆鳥だった頃の話をくどくどと 小林康浩
    大空を自由に飛んでいたどんな鳥だったのでしようか?楽しかったのかなー?
    楽しかった頃、幸せだった頃の思い出話ならどうぞくどくども大丈夫!聞かせて頂きますよ!

    「私の場合帰省(瀬戸市から大分駅)』 ふかえり

    長い時間かけて優しい故郷への帰省・・・故郷が近ずくに連れて心が暖かくドキドキ!そんなふかえりさんの様子が伝わり暖かーい気持になりました。
  • 田村ひろ子  2016/04/09 18:02
    ■鳥だった頃の話をくどくどと   小林康浩
    羽が消えてしまったのでしょうか・・・でも想い出がいっぱいあるのですね。どうぞ、たくさん話してください。聞かせていただきます。


    ■「私の場合帰省(瀬戸市から大分駅)』   ふかえり
    「右手に湯けむり上がる温泉街 左手にキラキラ光る別府湾 壮大な景色が広がる疲れが吹き飛ぶ。」いいですね、疲れを取ってくれる景色が今も残っている、ということは、幸せですね。
  • 小林康浩  2016/04/09 21:23
    俊和さん、篤子さん、のぶえさん、ひろ子さん、拙句へのコメントを
    ありがとうございます。
    現在生まれて初めて“内勤”の仕事をしています。それまで約35年間、
    ずっと外回りの仕事でした。“鳥だった”とは言いませんが、とにかく
    飛び回っていました。その方が性に合っていました。

    ふかえりさん、私の父の故郷が大分市です。父は殆ど大阪弁でしたが、
    親戚の大分弁をよく聞きました。また大分へ行きたくなりました。
  • 野原 萌  2016/04/09 22:57
    鳥だった頃の話をくどくどと   小林康浩
    大空はさぞかし 自由で広々と羽ばたけた事でしょう。
    ・・・一杯交わしながら、やっぱりくどくど・・となりそうです。

    ふかえりさん
    「ピシィツと蝉の殻が割れる。あと二時間で脱皮する。」
    この表現、凄いです。
    故郷へ向かう心が見事にライブで伝わります。
  • 坪井篤子  2016/04/10 05:13
    *まわり道すればやさしい陽に会える  柳谷益弘
     急がばまわれで慌てないことですね。やさしい陽に会えるが素敵です。

    *帰省 2 ふかえり
     <特徴のある人々と言葉がなくなる。>
     地方都市の持つ都会化。さみしさもありますよね。

    1週間のエッセイ有難うございました。
  • 大西俊和  2016/04/10 06:34
    まわり道すればやさしい陽に会える 柳谷益弘

    朝陽でしょうか夕陽でしょうか。いろいろあった
    一日の終わりの優しい夕陽を連想しました。

    「帰省 2」

    固い石も時間と共に形を変えてゆくように
    大分もゆっくり形を変えてゆくのですね。
    良いような悪いような・・・。
  • 丸山 進  2016/04/10 13:06
    ☆鳥だった頃の話をくどくどと   小林康浩
    鳥だったら大空を自由に飛び回ったので、その頃の話が詰まっていると思います。いつかお会いし、じっくり聞きたいものです。

    ☆まわり道すればやさしい陽に会える  柳谷益弘
    ここでも再会ですね。テリトリーが広いなあ。まわり道の数だけやさしくなれるという哲学でしょうか。

    ☆帰省 2 ふかえり
    楽しいエッセイありがとうございました。大分の雰囲気と人が分かりかけてきました。指原って、そっち系には詳しくないですが、大分のネーサンという感じかなとふと思いました。
  • 野原 萌  2016/04/10 15:10
    まわり道すればやさしい陽に会える  柳谷益弘
    ゆっくりとまわり道。
    陽だまりの様な人にも、もしかしたら逢えるかも・・

    「帰省 2」
    おいさんは益々 お元気に独自の世界を生きておられるご様子。なんだかふふふ。
    それでも確かな足音のように
    <特徴のある人々と言葉がなくなる。>・・・淋しいですね。
  • 安藤なみ  2016/04/10 15:12
    ・帰省 2 ふかえり
     エッセイを楽しく読みました。
     大分と瀬戸、地球半周分の距離感はあります。九州も各地を旅行しましたが、大分は行っていません。新幹線を乗り継いで行けるようになって良かったですね。「ねーさん」も「おいさん」もお国ことば、半死半生語です。大分の色々なことを、また、聴かせて下さい。お疲れさまでした。
  • 安藤なみ  2016/04/10 15:15
    ・帰省 2 ふかえり
     エッセイを楽しく読みました。
     大分と瀬戸、地球半周分の距離感はあります。九州も各地を旅行しましたが、大分は行っていません。新幹線を乗り継いで行けるようになって良かったですね。「ねーさん」も「おいさん」もお国ことば、半死半生語です。大分の色々なことを、また、聴かせて下さい。お疲れさまでした。
  • 安藤なみ  2016/04/10 15:16
    ・帰省 2 ふかえり
     エッセイを楽しく読みました。
     大分と瀬戸、地球半周分の距離感はあります。九州も各地を旅行しましたが、大分は行っていません。新幹線を乗り継いで行けるようになって良かったですね。「ねーさん」も「おいさん」もお国ことば、半死半生語です。私も「おねえさん」と呼ばれた記憶はあります。大分の色々なことを、また、聴かせて下さい。お疲れさまでした。
  • 田村ひろ子  2016/04/10 15:57
    ■まわり道すればやさしい陽に会える  柳谷益弘
    益弘さんはゆっくりと回り道をされたご様子ですね。そして、たくさんの「あたたかなもの」に会うことが出来た・・・回り道はいいですね。


    ■帰省 2   ふかえり
    ふるさとの表情がどんなに変わっていっても、ふるさとがあるって、いいですね。1週間のエッセイを愉しませていただきました。ありがとうございした。
  • 京都 大海幸生  2016/04/10 18:55
    ふかえりさま いえ失礼、深谷江利子さま。
     1週間のエッセイ楽しませていただきました。
    ほのぼのとした語り口に穏やかな温かいひとときを
    過ごさせて頂きました。
     瀬戸と大分、それだけでも都会生まれの都会育ちの
    私たち夫婦には夢のような存在です。
    、別府へは修学旅行を緒に機会があって何回も行きま
    した。ほんといいところですね。でも、確かに小倉か
    らの特急はよく揺れますね。振り子車両だとか、たく
    さんの乗客が青くなっておられました。
     地方言葉の違いはほんと面白いですね。東京の人々
    はみんな地方なまりを隠そうとしているのがバカバカ
    しく思えます。
     それにしても、大分から瀬戸へ嫁がれたお話しを聞
    きたかったのですが・・・。ありがとうございました。
  • ふかえり  2016/04/10 19:59
    一週間ありがとうございました。
    皆さん感想お寄せくださって、毎日気になってしょうがなかったです。
    故郷も今の生活圏もいろいろな事がございますけれど 面白おかしく暮らしております。
    明日は94歳になる義父の介護認定更新調査日で 少し落ち着きません。見栄をはって日頃出来ない事を「やれる」のでたいへんです。
    また大分から瀬戸市への経緯など機会があれば書きつらねてみたいと思っております。遠い昔にかかわった人々や暮らしを思い出して 心がホッコリしています。
    ありがとうございました。
  • 小林康浩  2016/04/10 20:22
    萌さん、進さん、コメントありがとうございます。
    鳥は鳥でも私は“鶏”です。酉年です。ほとんど飛べませんが
    そんなお話でよければまたくどくどと(笑)。
  • おさ虫  2016/04/11 00:32
    ◆ まわり道すればやさしい陽に会える    柳谷益弘

    柳谷さん、「いらっしゃ~い」(桂文枝みたい)
    柳谷さんがこんな句を作られるとは・・。出来る方は何でも出来るんですね。
    先日、ラジオでお声を聞きましたよ。若々しい声でした(^.^)。

    ◆ 母うんちまみれ 私なみだまみれ   野原 萌

    最初、読んだときは笑いそうになりましたが、よく読めば介護を詠んだ句だとわかりました。悲惨な現実ですね。
  • たんばらのぶえ  2016/04/11 02:58
    ☆まわり道すればやさしい陽に会える 柳谷益弘
    ふとまわり道をして見たくなられたのでしようか? でもやさしい陽に会えて心がほっと暖かくなりましたね。良かったですね!

    「帰省 」 ふかえり
    一週間のエッセイありがとうございました。ふかえりさんのふるさと大分への暖かい思いが伝わって心暖かく読ませて頂きました。時代と共にふるさとの景色は変わってもふるさとへの想いは永遠ですね・・・。

    ☆母うんちまみれ 私なみだまみれ 野原萌
    萌さーん!萌さんがこの句を作られた時の思いと状況が浮かび泣いてしまいました。義母と母の二人を介護しながら見送った経験のある私には他人事には思えません。萌さん頑張って下さいね!
  • たんばらのぶえ  2016/04/11 03:20
    「移民にもお声をかけてくださる両陛下」 福村まこと
    《明治に始まった日系移民の歴史は茨の道であった》

    カナダに移住されて44年だとおっしゃるまことさん色々なご苦労がおありだった事と思います。一週間のエツセイ楽しみにしております。
  • 大西俊和  2016/04/11 06:24
    母うんちまみれ私なみだまみれ 野原 萌

    病院でおむつを取り替えて貰っている母の白いお尻
    をドアの窓から見たのを覚えています。自宅で天使
    のような萌さんに介護して貰えるお母さんはとても
    幸せだと思います。

    「移民にもお声くださる両陛下」

    異なる言葉、異なる文化、異なる価値観・・・いっぱいの
    「異なる」の中での移民生活、大変なことですね。
  • 坪井篤子  2016/04/11 06:56
    *母うんちまみれ私なみだまみれ  野原 萌
     一見ショッキングな句ですが深くて神々しいほどです。

    *移民にもお声くださる両陛下 福村まこと
     <明治に始まった日系移民の歴史は茨の道であった。>
     想像に余り有る事だったのでしょうね。
     両陛下はその知識がおありだからこその優しさねぎらいですね。


    国外からのエッセイは初登城です。
    まことさん、よろしくお願いいたします。
  • 田村ひろ子  2016/04/11 09:45
    ■母うんちまみれ私なみだまみれ  野原 萌
    涙を流しながらも、優しく声をかけている萌さんが浮かびました。

    ■移民にもお声くださる両陛下   福村まこと
    「日系移民の歴史は茨の道であった」、真実にふれることができる「まことさんのエッセイ」を楽しみにしています。。
  •   2016/04/11 17:07
    ◇母うんちまみれ私なみだまみれ  野原 萌
    分かります!私は義母の介護でした。寒い雪の日、歩けないのに、なぜか自分でおむつを替えると言うので任せました。いろいろ努力したのでしょう、本人も、衣類,寝具すべてうんちまみれでした。前日のものも乾いていないのに、なみだまみれのへたりこみでした。数年前99歳9か月で逝きました。友人に9が3つで「サンキュー」のメッセージだよと言われ、義母も私も救われた思いがしました。
  • 大西俊和  2016/04/12 06:29
    こっそりと国の進路を書き替える おさ虫

    おさ虫さんがどのように書き替えるのか
    いろいろと考えていま~す(笑)。

    「犬猫の名前で呼ばれ床磨く」

    「シンボー」と「ガマン」子供に教え込む

    《人種差別が厳しく、言葉が出来ない
    単純労働者がありつける仕事は、過酷で悪条件であった》

    当時の移民の生活の厳しさ、筆舌に尽くし難いものだった
    ことがひしひしと伝わって来ました。
  • 田村ひろ子  2016/04/12 09:10
    ■こっそりと国の進路を書き替える   おさ虫
    おさ虫さん、透明人間になって頑張ってください。どんな進路に書き換えるのでしょうか。楽しみです。

    ■「犬猫の名前で呼ばれ床磨く」   まこと
    ・ロッキーを越えた国もん音絶えた(国もん.同郷者の意)
    ・写真では別人だったウチのひと
    ・「シンボー」と「ガマン」子供に教え込む

    移民をした方々を取り囲んでいたの差別の目・・・・生活の厳しさ・辛さを知りました。
  •   2016/04/12 18:24
    ◇こっそりと国の針路を書き換える   おさ虫

    マジシャンの発想、さすがおさ虫さんですね。
    「ハリーポッター」のようにマントを着て透明人間になり、どこの国でも「進路、平和とれ!」と書き換えて欲しいものです。
  • 坪井篤子  2016/04/12 19:38
    *こっそりと国の進路を書き替える  おさ虫
    おさ虫さん、堂々と書き換えてくださいな。
    期待していますよ。

    *犬猫の名前で呼ばれ床磨く 福村まこと
    映画「バンクーバーの朝日」観ましたが酷い差別に打ち勝った日本チームに感動しました。
    謂れのない差別、辛いなんてものではなかったようですね。